「物価の値上がりに伴い、○月から家賃を○円上げたいと思います。同意のサインをして返信してください」
ある日、こんな書類が届いたら。サインして返すしかないと思ってしまう人は、多いと思います。
私は本業でクロス(壁紙)と塗装の仕事をしていて、賃貸の部屋の原状回復の記事をこれまで4本書いてきました。今回は、退去のときではなく、住んでいる間に届く「家賃の値上げ」の話です。
先に一番大事なことを書きます。家賃の値上げは、断れます。そして、断れると知ったうえで値上げに応じるのも、もちろんありです。この記事で伝えたいのは、「選ぶことができる」ということです。
※私は法律の専門家ではありません。この記事は、借地借家法の条文と、東京都の消費生活総合センター・住宅政策本部の案内をもとに整理したものです。個別の判断が必要なときは、消費生活センターや弁護士・司法書士に相談してください。
先に結論|値上げの通知が届いたら、知っておいてほしい5つ
- 家賃は、貸す人と借りる人の「合意」で決まる。通知が来ただけで上がるわけではない
- 断っても、今までの家賃を払っていれば住み続けられる
- 値上げに応じないことを理由に、更新を断られることはない
- 断るなら、メールで短く。家賃は今までどおりきちんと払う
- 同意のサインは、一度すると取り消すのが難しい。サインする前に考える
【母の話】「同意のサインをして返信してください」という紙が届いた
この記事を書こうと思ったのは、私の母に、まさにこの書類が届いたからです。
母はアパートに6年ほど住んでいます。届いたのは、管理している不動産会社からの書類で、「昨今の物価の値上がりに伴い、家賃を○月から上げたい。同意のサインをして返信してください」という内容でした。値上げ額は月5,000円くらい。1年にすると6万円です。
書類には「断ることもできます」とは、どこにも書いてありません。サインして返す以外の選択肢がないかのような書き方です。
母は、不動産会社に「家賃の値上げはお断りします」とメールしました。そして今も、同じアパートに、今までと同じ家賃で住んでいます。
私が気になったのは、知らない人なら、これは決まったことなんだと思ってサインしてしまうだろう、ということです。サインすれば、それは「値上げに合意した」ことになります。だからこの記事を書いています。
家賃は「貸す人と借りる人の合意」で決まる
東京都の消費生活総合センターは、2026年3月の注意喚起で、次のように書いています。
- 家賃の変更は、貸主と借主の双方の合意で決まるもの
- 値上げに納得できないときは、直ちに応じる必要はない
- 従来どおりの家賃を払っていれば、引き続き住み続けることができる
- 一旦値上げに同意して契約書に署名すると、後から変更することが難しくなる
同じ資料には、この1年で「突然、家賃を値上げすると通知された」という相談が増えているとも書かれています。値上げの通知は、今あちこちで届いているということです。
大家さんが値上げを求められるのは、理由があるときだけ
大家さんが家賃の値上げを求めることができる場合は、法律(借地借家法32条)で決まっています。今の家賃が、
- 土地や建物の税金などの負担が増えた
- 土地や建物の価格が上がった、その他の経済事情が変わった
- 近くの同じような部屋の家賃と比べて
のどれかの理由で「不相当」になったときです。
「物価の値上がり」は、2つ目の「経済事情の変動」に入る可能性はあります。でも大事なのは、その結果、今の家賃が周りと比べて安すぎる状態になっているかどうかです。「物価が上がったから」の一言だけでは、それが分かりません。だから、値上げの理由と金額の根拠を、具体的に説明してもらっていいのです。
断ったら、どうなる?
今までの家賃を払っていれば、住み続けられる
値上げの話がまとまらない間は、借りている人は「自分が相当だと思う額」を払えばいいと、法律に書かれています(借地借家法32条2項)。ふつうは、今までの家賃です。
ここで大事なのは、家賃そのものは、今までどおりきちんと払い続けることです。腹が立っても、払わない・勝手に減らして払う、はやめてください。家賃を払っていない状態になると、立場が一気に悪くなります。
値上げに応じないことを理由に、更新を断ることはできない
「値上げに応じないなら、次は更新しません」と言われるケースもあるそうです。でも東京都の住宅政策本部は、更新後の家賃の見直しに応じないことを理由に、貸主は契約の更新を拒絶できないと案内しています。
大家さんが更新を断るには、「正当な事由」が必要です(借地借家法28条)。さらに、大家さんが期限までに「更新しない」と通知していなければ、契約は今までと同じ条件で更新されたものとみなされます(借地借家法26条)。
大家さんが本気なら「まず調停」。でも、実際にはそこまで行くことは少ないと思う
それでも大家さんが値上げをあきらめない場合、裁判で決めることになります。ただし家賃の増減の争いは、裁判の前に、まず裁判所の調停(話し合いの手続き)を申し立てる決まりです(民事調停法24条の2)。
月数千円の値上げのために、大家さんが調停や裁判までするかというと、手間と費用に見合わないので、よほどのことがない限りないと私は思っています。ただ、100%ではありません。
【正直に書きます】裁判で値上げが認められたら、差額と利息を払う
ここは公平に書いておきます。調停や裁判で「値上げは正当」と認められた場合は、断っていた間の差額に、年1割の利息をつけて払うことになります(借地借家法32条2項)。
たとえば、本当に周りの相場よりかなり安い家賃で住み続けているなら、値上げが認められることもあります。「断れる」は「絶対に払わなくていい」ではありません。
家賃を受け取ってもらえなくなったら「供託」
まれに、大家さんが「値上げ後の金額でなければ受け取らない」と、家賃の受け取りを拒むことがあります。そのときは、法務局に家賃を預ける「供託」という方法があります(民法494条)。供託すれば、家賃を払ったのと同じ扱いになります。法務局の窓口のほか、オンライン申請もできます。
ここまで来ることはめったにないと思いますが、「払おうとしたのに受け取ってもらえない」ときの逃げ道があることは、知っておいてください。

断り方|メールで、短く、ていねいに
断るときは、電話ではなくメールにしてください。いつ、何を伝えたかが残ります。
断りのメールは、短くて大丈夫です。文例を置いておきます。下のボタンでコピーして、○の部分を書き換えて使ってください。
○○アパート○号室の○○です。
○月○日付の家賃改定のご案内を拝見しました。
大変申し訳ありませんが、今回の家賃の値上げには同意いたしかねます。
家賃は、これまでどおりの金額で引き続きお支払いいたします。
値上げの理由や金額の根拠について、具体的なご説明をいただけましたら、あらためて検討いたします。
📄 メール文例をダウンロード(2種類・テキストファイル)
「値上げの通知が届いたとき」と「更新の書類に新しい家賃が書いてあったとき」の2つ。件名つきです。
ポイントは3つです。
- 同封の同意書には、サインしない(返送もしない)
- 「今までどおり払います」と書く。払う意思があることを、はっきり残す
- 理由と根拠の説明を求める。話し合いの入り口は残しておく
怒る必要はありません。淡々と、ていねいに。それだけで十分です。

【正直に書きます】値上げに応じるのも、ありです
ここまで「断れる」と書いてきましたが、応じるのが正解のときもあります。
- 周りの同じような部屋と比べて、今の家賃がはっきり安い
- この部屋に長く住みたい。大家さんや管理会社とは、気持ちよく付き合っていきたい
- 理由と根拠の説明を聞いて、納得できた
- 金額の交渉をして、半分くらいに下げてもらえた
こういう場合に応じるのは、まったくおかしくありません。
問題なのは、断れることを知らずに「決まったことだ」と思ってサインしてしまうことです。知ったうえで選ぶのと、知らずにサインするのとでは、同じサインでも意味が違います。
【職人の目線】リフォーム後の値上げは「次に入る人」の話であることが多い
私の仕事では、退去したあとの部屋のクロスの張り替えなど、リフォームの工事を請け負います。設備を新しくしたり、内装をきれいにしたりした部屋は、次の人を募集するときに家賃を上げることがあると思います。
でもそれは、新しく借りる人との間で、新しく家賃を決める話です。今住んでいる人の家賃を上げるなら、同じように理由が必要で、合意が必要です。「リフォームしたから」「隣の部屋は高く貸しているから」と言われても、今の契約の家賃が自動で上がるわけではありません。
注意|「定期借家契約」の人は、事情が違うことがある
契約書に「定期建物賃貸借」「定期借家」と書いてある人は注意してください。定期借家契約で、家賃の改定についての特約がある場合は、ここまで書いた借地借家法32条のルールが当てはまりません(借地借家法38条9項)。また、定期借家はもともと更新がなく、期間が終わると契約が終わる仕組みです。
自分の契約がどちらか分からない人は、まず契約書の1ページ目を見てください。それでも分からなければ、管理会社に「この契約は定期借家ですか?」とメールで聞いてから動くのが安全です。
困ったときの相談先
- 消費者ホットライン「188(いやや)」:住んでいる地域の消費生活センターにつながります。家賃の値上げの相談もできます
- 東京都の人:東京都賃料値上げ特別相談窓口(賃貸ホットライン)03-5320-4958(都庁の開庁日 9時〜17時30分)
相談するときは、届いた値上げの通知と契約書、メールのやり取りを手元に用意しておくと、話が早いです。
よくある質問
Q. 更新の書類に、最初から新しい家賃が書いてありました。
A. その書類にサインすれば、新しい家賃に合意したことになります。納得できないなら、サインせずに、値上げには同意できないこと・今までの家賃で更新したいことをメールで伝えてください。値上げに応じないことを理由に、更新を断ることはできません。
Q. もう同意のサインをして返してしまいました。
A. 合意した以上、基本的にはその家賃になります。東京都も「一旦同意して署名すると、後から変更することが難しくなる」と書いています。ただ、説明と違うことがあった、強く迫られてサインした、などの事情があれば、消費生活センター(188)に相談してみてください。
Q. 「値上げに応じないなら出て行ってください」と言われました。
A. 大家さんが契約を終わらせるには、正当な事由が必要です。値上げに応じないことだけでは、それに当たらないとされています。家賃をきちんと払い続け、言われたことはメールで残し、188や地域の相談窓口に相談してください。
Q. 逆に、家賃を下げてもらうことはできますか?
A. 同じ法律(借地借家法32条)で、借りている人からの値下げの請求も認められています。周りの同じような部屋と比べて今の家賃が高すぎるなら、相談してみる価値はあります。
Q. 値上げを断ったら、大家さんとの関係が悪くなりませんか?
A. 気になるところだと思います。だからこそ、ていねいな言葉で、短く、理由の説明を求める形にしておくのがいいと思います。断ることは、借りている人に認められた当たり前の選択です。
まとめ|サインする前に、「選べる」ことを思い出して
- 家賃は合意で決まる。通知が来ただけで上がるわけではない
- 断っても、今までの家賃を払っていれば住み続けられる。家賃は必ず払い続ける
- 値上げに応じないことを理由に、更新は断られない
- 断るならメールで短く、ていねいに。同意書にはサインしない
- 相場よりはっきり安いなら、裁判で値上げが認められることもある。応じるのもあり
- 一番いけないのは、知らずにサインすること
「同意のサインをして返信してください」。その一文の前で、少しだけ立ち止まってください。
▶️ 退去の立ち会いも、断れます|その場でサインしないで
▶️ 退去後に敷金が返ってこないときの手順はこちら
参考:借地借家法26条・28条・32条・38条9項、民事調停法24条の2、民法494条(e-Gov法令検索)、東京都消費生活総合センター「賃貸住宅の家賃値上げトラブルに注意!」(令和8年3月3日)、東京都住宅政策本部「賃貸住宅のオーナーチェンジを契機とした家賃値上げトラブルについて」(2026年3月12日更新)。