退去して何週間たっても、敷金が返ってこない。やっと届いた紙には「クリーニング一式」とだけ書いてあって、敷金はほとんど残っていない。そんなとき、何から手をつければいいのか分からない人は多いと思います。
私は本業でクロス(壁紙)と塗装の仕事をしていて、退去したあとの部屋の張り替えをよく受けています。原状回復の記事もこれまで3本書いてきました。
でも実は、私自身、自分が借りていた家を出たときに、敷金13万5千円が1円も戻ってきませんでした。この記事では、その失敗も正直に書いたうえで、敷金が返ってこないときに、どの順番で何をすればいいかをまとめます。
※私は法律の専門家ではありません。この記事は、国土交通省のガイドラインや裁判所・日本郵便の公式情報をもとに、手順を整理したものです。個別の判断が必要なときは、消費生活センターや弁護士・司法書士に相談してください。
先に結論|敷金が返ってこないときの5ステップ
- 鍵は「返した日」が残る方法で返す(おすすめはレターパックプラスで郵送)
- 差し引かれた分の明細をもらう(「一式」では納得しない)
- メールで「ガイドラインに沿って計算し直してください」と伝える
- それでも動かなければ、内容証明で返金を求める
- 話が進まなければ、消費者ホットライン「188」に相談する
少額訴訟や調停は、その先の最後の手段です。多くの場合、その手前で話は動きます。順番に書いていきます。
【私の失敗】綺麗に使ったのに、敷金13万5千円が1円も戻らなかった
「綺麗に使ってくれてありがとうございます!」と言われたのに
私が借りていたのは4LDKの一軒家でした。契約書には「退去時にクリーニング代がかかる」と書いてありました。
当時の私は、立ち会いを断れることを知りませんでした。管理会社の人と一緒に部屋を見て回ると、「綺麗に使ってくれてありがとうございます!」と言われました。エアコンは自分で買ったものだったので、取り外して持って出ています。傷や汚れの修理は何もなし。残るのはクリーニング代だけです。
後日、手紙が届きました。中身は「クリーニング一式」で、13万6千円くらい。敷金は13万5千円です。そして、こう言われました。
「差額はサービスします」
当時は「千円まけてもらえた」くらいに思って、そのまま終わりにしてしまいました。でも、今ならわかります。敷金は全額なくなっています。「サービスします」と言われると得をした気になりますが、実際は1円も返ってきていません。
今の私が、この請求をどう読むか
あとからガイドラインを読み込んで、引っかかる点がいくつかありました。
1つ目。契約書に、クリーニング代の金額が書いていなかったこと。
国土交通省のガイドラインには、クリーニング特約(退去時のクリーニング代を借りた人が払う約束)が有効かどうかは、
- 借りた人が払う内容と範囲が示されているか
- 本来は貸した側が払う分まで借りた人が払う、という趣旨がはっきり書かれているか、口で説明されたか
- 費用として妥当か
で判断される、と書かれています(ガイドラインQ&A Q16)。
そこには裁判の例も2つ載っています。「ルームクリーニングに要する費用は賃借人が負担する」とだけ書いた特約は、普段の使い方でできた汚れまで借りた人に払わせる特約とは言えない、と判断された例(東京地裁 平成21年1月16日)。逆に、「2万5千円(税別)」と金額まで決めて、契約のときに説明していた特約は有効とされた例(東京地裁 平成21年9月18日)。こちらは金額が家賃の半分以下で、専門業者の清掃代として相応だったことも理由になっています。
私の契約書は、金額なしの「かかる」だけ。前者のほうに近い書き方でした。
2つ目。普通に掃除をしていれば、部屋全体のクリーニング代は、本来は貸した側の負担だということ。
ガイドラインの一覧では、「専門業者による全体のハウスクリーニング(借りた人が通常の清掃をしている場合)」は貸した側の負担に入っています。借りた人が払うのは、掃除を怠って油汚れやカビがひどくなった場合などです。私は「綺麗に使ってくれてありがとう」と言われた側でした。
【正直に書きます】13万6千円という金額だけを見れば、ありえない額ではない
ここは公平に書いておきます。一戸建ての4LDKのハウスクリーニングは、業者のサイトでは8万〜14万円、8万〜16万円くらいと案内されています。家が広くて階段もあるので、マンションより高くなります。金額だけで「ぼったくり」とは言えません。
問題は金額ではなく、何に払う約束だったのかが契約書に書かれていなかったことと、綺麗に使っていたのに全額だったことです。あのとき明細をもらって、ガイドラインを持ち出して話していたら、結果は変わったかもしれません。だからこの記事を書いています。
敷金はいつ返ってくる?|「部屋を明け渡したあと」。何日以内とは法律に書いていない
2020年4月から、敷金のルールは民法に書かれるようになりました(民法622条の2)。ポイントは2つです。
- 敷金を返すのは、契約が終わって、部屋を明け渡したあと。「敷金を返してくれるまで出ない」はできません。明け渡しが先です
- 返す金額は、敷金から、未払いの家賃や借りた人が払うべき修理代などを引いた残り
ただし、「何日以内に返す」という期限は、民法には書かれていません。まずは契約書に返す時期が書かれていないかを確認してください。書かれていなくても、明け渡してから何の連絡もないまま時間がたっているなら、こちらから動いていい段階です。

ステップ1|鍵は「返した日」が残る方法で返す
敷金の話は、部屋を明け渡した日から始まります。だから、鍵を返した日がはっきり残る返し方をしてください。
返し方は「事務所に持っていく」か「郵送する」のどちらかですが、私は郵送をおすすめします。持っていくと、その場で部屋の話になったり、書類へのサインを求められたりしかねないからです。
郵送するなら、レターパックプラス(600円)を使ってください。郵便受けに入れるのではなく、相手に手渡しして受領印をもらう仕組みで、追跡番号で何日に届いたかも確認できます。「鍵を受け取っていない」「まだ退去が終わっていない」と言われずに済みます。青いレターパックライトは郵便受けに入れて終わりなので、鍵には赤いプラスのほうを使ってください。
前の記事で、立ち会いは断れると書きました。立ち会わない場合も、鍵の返却と退去届で退去は終わります。そのときこそ、返した日の記録が大事になります。
ステップ2|差し引かれた分の明細をもらう
「クリーニング一式」「原状回復費用一式」だけでは、何が高いのか、払う必要があるのかを判断できません。
ガイドラインには、貸した側には、敷金から差し引く費用について説明する義務があると書かれています。借りた人は明細を求めて、説明してもらうことができます(ガイドラインQ&A Q17)。
明細をもらったら、見るところは前の記事に書いたとおりです。クロスなら「㎡数×単価」、範囲が部屋全体になっていないか、入居したときに新品だったか、などです。
ステップ3|メールで「ガイドラインに沿って計算し直してください」と伝える
おかしいと思う項目があったら、電話ではなくメールで伝えます。電話は言った言わないになりますが、メールは日付と中身が残ります。
書き方はシンプルでかまいません。
○月○日に退去した○○(物件名・部屋番号)の○○です。
いただいた精算書の「クリーニング一式 ○○円」について、内訳を教えてください。
また、通常の清掃はして退去しています。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に沿って計算し直していただけますか。
敷金の返金予定日もあわせて教えてください。
ポイントは、怒らないことと、ガイドラインの名前を出すことです。前の記事でも書きましたが、きちんと言ってくる人は、管理会社から見ると手間に見合いません。契約書とガイドラインに沿って作り直してくることが多い、というのが現場で見ている私の感覚です。

ステップ4|それでも動かなければ、内容証明で返金を求める
メールに返事がない、返事はあっても話が進まない。そのときは内容証明郵便を使います。
内容証明は、「いつ、誰が、誰に、どんな内容の手紙を出したか」を郵便局が証明してくれる郵便です。それだけで返金させる力があるわけではありません。でも、相手に「この人は本気だ」と伝わるのと、のちに188や裁判所に相談するときの記録になります。
料金のめやす
日本郵便の料金で計算すると、1枚の手紙を送る場合でだいたい1,420円です。
- 内容証明料:480円(2枚目からは1枚につき290円を加算)
- 一般書留:480円(内容証明は書留にするのが条件)
- 配達証明:350円(相手に届いた日を証明。つけておくのが安心)
- 普通の封書の郵便代:110円
内容証明を扱っているのは、集配をしている郵便局など一部の局だけです。行く前に確認してください。ネットで24時間出せる「e内容証明」というサービスもあります。
書く内容
難しい法律の言葉はいりません。書くのは、これだけです。
私は、○年○月○日まで、下記の物件を借りていました。
○月○日に鍵を返却し、明け渡しを終えています。
預けた敷金○○円のうち、まだ○○円が返金されていません。
本書面の到着後2週間以内に、下記の口座へ返金してください。
期限までに返金または誠実な回答がない場合は、消費生活センターへの相談や、法的な手続きを検討します。
物件名、借りていた期間、敷金の額、返してほしい金額、振込先、期限。この6つが入っていれば十分です。
ステップ5|消費者ホットライン「188」に相談する
内容証明を出しても動かない、または自分だけで交渉するのがしんどい。そのときは、消費者ホットライン「188(いやや)」に電話してください。住んでいる地域の消費生活センターにつないでくれます。
相談は無料です(通話料はかかります)。相談員が話を聞いて、どう進めればいいかの助言をしてくれます。必要なときは、相手との間に入って話をまとめるあっせんをしてくれることもあります。
賃貸住宅の相談は毎年3万件以上あり、そのうち原状回復の相談は約4割だそうです。敷金の相談は、消費生活センターにとって「よくある相談」です。遠慮せずに使ってください。
相談するときは、次のものを手元に用意しておくと話が早いです。
- 契約書(特約のページ)
- 入居したとき・退去したときの写真
- 精算書・明細
- メールのやり取りと、内容証明の控え
- 鍵を返した日がわかるもの(レターパックの追跡番号など)
それでもダメなら|少額訴訟と調停
ここまでやっても返ってこないときの、最後の手段です。どちらも簡易裁判所の手続きです。
少額訴訟|60万円以下なら、原則1回で終わる裁判
- 使えるのは、60万円以下のお金の請求だけ。敷金の返金はたいてい入ります
- 原則1回の審理で、その日に判決が出ます
- 手数料は、請求する金額10万円ごとに1,000円(たとえば18万円なら2,000円)。ほかに郵便代にあたる費用もかかります
- 証拠はその日にその場で調べられるものだけ。写真・契約書・メールを全部そろえて行きます
- 判決に控訴はできません(同じ簡易裁判所に異議を出すことはできます)。また、相手が希望すると普通の裁判に移ることがあります
- 同じ簡易裁判所で使えるのは、1人につき年10回まで
調停|裁判ではなく、話し合いで決める
民事調停は、裁判官と一般から選ばれた調停委員が間に入って、話し合いで解決する手続きです。手数料は少額訴訟より安く(10万円の請求なら500円)、9割以上が3か月以内に終わっているそうです。勝ち負けをはっきりさせるより、落としどころを見つけたいときに向いています。
放っておくと、請求できなくなる
敷金を返してもらう権利にも、時効があります。原則として、請求できると知ったときから5年(または請求できるようになったときから10年)で、請求できなくなります(民法166条)。「そのうち」と思っているうちに年数がたたないよう、気づいたら早めに動いてください。
【正直に書きます】取り戻せないお金もある
ここまで読んで、「敷金は全部取り返せる」と思った人がいたら、それは違います。
- 自分でつけてしまった傷や汚れの分は、払うものです。タバコのヤニ、ペットの傷、掃除をしなかったカビなどです
- 金額と範囲がはっきり書かれ、説明も受けたクリーニング特約は、有効とされることがあります。「クリーニング代○万円」と書いてある契約書にサインしていれば、その分は払うことになる可能性が高いです
- 未払いの家賃があれば、当然そこから引かれます
私の場合も、もし契約書に「クリーニング代○万円」と書いてあって、それが4LDKの一軒家として妥当な額なら、払うのが筋だったと思います。払うべきものは払う。そのうえで、払わなくていいものは払わない。この記事で伝えたいのは、そこです。
よくある質問
Q. 契約書に「退去時クリーニング代 ○万円」と金額まで書いてあります。払うしかないですか?
A. 金額が書いてあって、契約のときに説明も受けているなら、有効とされることが多いです。ただ、ガイドラインは「費用として妥当か」も判断の材料にしています。部屋の広さに比べて極端に高い場合は、消費生活センターに相談してみてください。
Q. 退去して2か月たちますが、何の連絡もありません。
A. まず契約書に返す時期が書いていないか確認して、メールで「精算の明細と返金予定日を教えてください」と送ってください。返事がなければ、内容証明に進みます。
Q. 立ち会いのときに、もうサインしてしまいました。
A. ガイドラインでは、サインした分は基本的にその内容で決まるとしつつ、借りた人のせいではない傷みの分まで払う必要はないとも書いています(ガイドラインQ&A Q14)。サインしたのが何に対してだったのかを、明細と照らし合わせてみてください。
Q. 少額訴訟に、弁護士は必要ですか?
A. 少額訴訟は、自分ひとりでもできるように作られた手続きです。簡易裁判所には、書き方の決まった訴状の用紙も用意されています。不安なら、手続きの前に消費生活センターや、簡易裁判所の窓口で相談してみてください。
Q. 数万円のために、ここまでやる意味はありますか?
A. 正直、そこは人それぞれです。でも、ステップ1〜3(鍵の返し方・明細・メール)は、ほとんどお金がかかりません。ここまでやるだけで、計算し直してくることはよくあります。最初から諦めるのは、もったいないと思います。
まとめ|「返してください」は、文字で言う
- 鍵は返した日が残る方法で。持っていくよりレターパックプラスで郵送
- 「一式」には明細をもらう。貸した側には説明する義務がある
- おかしな項目は、メールで「ガイドラインに沿って計算し直してください」
- 動かなければ内容証明(1枚なら約1,420円)、それでもダメなら188
- 少額訴訟・調停は最後の手段。時効は原則5年
- 自分の過失の分は払う。払わなくていい分は払わない
私は「差額はサービスします」の一言で、敷金をまるごと手放しました。同じ思いをする人が一人でも減ればと思って、この記事を書きました。
退去の日の写真と、請求書の照らし合わせには、退去チェックリスト(PDF)も使ってください。
▶️ 何が借りた人の負担になるのか、詳しい線引きはこちら
▶️ 退去の立ち会いと、その場でサインしない理由はこちら
▶️ 請求書の数字を職人の目で読む方法はこちら
参考:国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」平成23年8月(p.6-7 特約の要件/p.25 別表3 ハウスクリーニングの負担区分/p.42 Q12 少額訴訟/p.43 Q14 立会い時のサイン/p.45 Q16 クリーニング特約・Q17 明細の請求/p.123-125 資料3・4 少額訴訟と民事調停)、民法166条・621条・622条の2、裁判所「少額訴訟」、日本郵便「内容証明」「レターパック」の案内ページ(2026年10月時点)。ハウスクリーニングの相場は住宅情報サイト(三井のリハウス・東急リバブル)の掲載額。