退去したあと、管理会社から原状回復の請求書が届きます。「クロス張替 ○○㎡ ○○円」と並んだ数字を見て、高いのか安いのか、正直よく分からない。そんな人が多いと思います。
私は本業でクロス(壁紙)と塗装の仕事をしていて、退去したあとの部屋を張り替える仕事をよく受けています。そして、その請求のもとになる見積もりを作っているのは、実は私たち職人です。
この記事では、見積もりを作る側の職人が、請求書のどこを見るかを書きます。前の記事で書いた「請求書が届いたら、ガイドラインと照らし合わせる」の、もう一歩先の話です。
先に結論|請求書で見るのは、この5つ
- 単価と㎡数は、必ずセットで見る(単価が安く見えても、合計が安いとは限らない)
- 「下地処理」「はがし」「処分費」が別に乗っていないか。乗っているなら、なぜ必要だったか
- 張り替えた範囲が「部屋全体」になっていないか(借りた人の負担は、原則、傷のある1面まで)
- 「一式」には内訳をもらう
- 入居のとき、クロス・床・設備にどこまで手を入れていたかを聞く
【職人の現場】クロスの値段は「㎡数×単価」で決まる
見積もりを作るのは、職人です
退去後の張り替えは、大家さんや管理会社から職人に依頼が来ます。職人は部屋を見て、「何㎡を、1㎡いくらで張るか」で見積もりを出します。クロスの見積もりは、基本的にこの㎡数×単価です。
その見積もりをもとに、管理会社が借りた人への請求書を作ります。だから請求書のクロスの欄も、たいていは「○○㎡×○○円」の形になっています。

単価の例|私の店の場合
私の店(職人直の店Trust)では、一般的な量産クロスの張り替えを1㎡あたり1,580円(税込・材料と工事込み)にしています。ここに、
- 下地処理:1㎡あたり300円
- ゴミ処分費:1㎡あたり120円
を足して、1㎡あたり2,000円で計算しています。正直に言うと、うちはわりと高めの設定です。単価は店や地域でかなり違うので、「何円以上ならぼったくり」と言える線はありません。
単価だけ見ても、高いか安いかは分からない
ここが一番伝えたいところです。単価が安く見えても、㎡数が多ければ合計は同じです。
見積もりの世界では、単価を値切られることがよくあります。そういうとき、単価だけ下げて、ほかの数字で帳尻が合っていることは、正直あります。だから請求書は、単価だけで判断せず、㎡数と合計まで必ずセットで見てください。
㎡数は、自分でもざっくり確かめられる
クロスの㎡数は、だいたいの目安があります。私の店の料金表では、こう見ています。
| 張る場所 | ㎡数の目安 |
|---|---|
| 壁1面(アクセントクロスなど) | 約3〜9㎡(壁の幅で変わる) |
| 6畳ひと部屋(壁+天井) | 約45㎡ |
| 8畳ひと部屋(壁+天井) | 約55㎡ |
| 12畳のLDK(壁+天井) | 約75㎡ |
たとえば、傷があるのは壁1面だけなのに、請求の㎡数が40㎡を超えているなら、部屋全体で計算されている可能性があります。そのときは「何㎡は、どこの面ですか?」と聞いてみてください。
なお、職人は窓やドアの分は引いて㎡数を数えます。窓が大きい部屋なら、そのぶん㎡数は少なくなるはずです。請求の㎡数が多いと感じたら、「窓やドアの分は引いていますか?」と聞いてみてください。

「下地処理」「はがし」は、はがしてみないと分からない
基本、下地は悪い
クロスの張り替えで、単価のほかに乗ってくるのが下地処理・はがし・諸費です。
これは職人の正直な話ですが、古いクロスは、はがしてみないと下地の状態も、はがしやすさも分かりません。そして退去後の部屋は、基本、下地は悪いです。古いクロスの裏紙が残ったり、下地のボードの表面が一緒にめくれたりして、パテで平らにする手間が増えます。
だから下地処理の費用がかかること自体は、おかしなことではありません。
でも、下地が悪いのは、住んでいた人のせいとは限らない
問題は、その下地処理を誰が払うかです。
私は、下地が悪いのは、基本的には住んでいた人のせいではないと思っています。何年も前に張ったクロスと下地が、年数で傷んでいるだけのことが多いからです。
ただし、ヤニやカビが明らかに多い部屋は別です。タバコのヤニが下地まで染みている、カビを放っておいて下地まで黒くなっている。こういう部屋は、入居していた側の負担だと思います。
国土交通省のガイドラインも、タバコのヤニでクロスが変色したり臭いがついた場合や、結露を放っておいてカビが広がり、壁を傷めた場合は、借りた人の負担としています。逆に言えば、そういう原因がない普通の下地の傷みは、年数によるものとして考えるのが筋です。
「下地処理一式」は、何をしたのか聞く
請求書に「下地処理一式 ○万円」とだけ書いてあったら、どの面に、何をしたのかを聞いてください。ヤニやカビのせいなのか、ただの経年なのかで、払う人が変わるからです。
「部屋全体」で請求されていたら
職人は「全部やったほうがいい」と提案する。でも押し通さない
前の記事でも書きましたが、クロスは1面だけ張り替えると、日焼けや廃番、製造ロットの違いで色が合いません。だから私も、お客さんが「1面だけでいい」と言ったときは、「どうせなら全部のほうがいいですよ」と提案はします。
でも、こちらの意見を押し通すことはしません。1面でいいと言われれば、1面です。
ガイドラインは「借りた人の負担は、傷のある1面まで」
国交省のガイドラインも同じ考え方です。部屋全体の色をそろえるのは、次に貸すための見栄え(商品価値)を上げる意味が大きい。だから部屋全体の張り替え代を借りた人に払わせると、大家さんが原状回復以上の得をすることになり、妥当ではない、と書いています。
そのうえで、1か所だけ張り替えると継ぎ目がはっきり分かってしまうので、傷のある面を含む1面分までは借りた人の負担が妥当、としています(タバコで部屋全体が汚れた場合は別)。
「最低料金」の扱いは、考え方が分かれる
ここは正直に、両方の考え方を書きます。
小さな工事には、どの店にも最低料金があります(私の店は40,000円)。壁1面だけでも、道具と材料を積んで現場に行き、はがして、下地を整えて、張って、片付ける手間は変わらないからです。「1面でも㎡単価でやってもらえる」と思っている人もいますが、1面だけの工事なら、最低料金になるのが普通です。
よくあるのが、大家さんが部屋をまるごと張り替えて、そのうち借りた人には「1面分の最低料金」を請求する形です。大家さんにとっては、部屋全体の工事代が少し安くなります。職人の目から見ると、これは普通にある話です。
一方で、ガイドラインの考え方に沿うと、別の見方もできます。部屋全体を一度に張り替えたなら、その1面を張る手間は部屋全体の工事の中に含まれていて、1面だけを張りに行ったわけではありません。そう考えると、借りた人の負担は「1面の㎡数×単価」で計算するほうが筋だ、という考え方です。
数字で比べると、こうなります(私の店の料金・6畳の壁1面=約9㎡・新品で入居して3年の場合)。
| 計算の仕方 | 張り替え代 | 3年分を差し引いた負担の目安 |
|---|---|---|
| 1面分を最低料金で計算 | 40,000円 | 約20,000円 |
| 1面分を㎡単価で計算(9㎡×2,000円) | 18,000円 | 約9,000円 |
どちらが正しいと決めているルールはありません。ガイドラインは「当事者の間で不公平にならないように」と書いているだけです。ただ、部屋全体を張り替えたのに、1面分は最低料金という請求なら、「実際の工事は部屋全体ですか? 1面分を㎡で計算するといくらですか?」と聞いてみる価値はあります。
【職人の本音】見積もりのあとに、取り分が乗ることもある
見積もりを作るのは職人です。でも、借りた人に届く請求書は、その見積もりを管理会社などが作り直したものです。そのとき、自分たちの取り分を乗せて出すケースはあると思います。
私は、それ自体は悪いことだとは思いません。管理会社も、職人の手配や大家さんとのやり取りをしています。手数料の範囲なら、いいと思っています。
問題は、それが手数料の範囲を超えているかどうかが、請求書からは見えないことです。だからこそ、㎡数・単価・範囲・経過年数を一つずつ確かめることが大事になります。工事の内訳(何㎡を、いくらで)を聞くのは、借りた人として当然のことです。
入居のとき、どこまで手を入れていたかを聞く
聞かないと、相手の言いなりになる
職人として一番すすめたいのが、これです。入居のとき、クロス・床・設備にどこまで手を入れていたかを確認してください。
クロスは6年で価値がほぼ1円になる、という考え方がガイドラインにあります。でもその「6年」がいつから数え始めるのかは、入居のときにクロスが新品だったかどうかで変わります。前の人が住んだままのクロスなら、入居した時点で、もう何年分か価値が減っているからです。
ここを聞かずにいると、入居の時点で新品だった前提で計算されても、言い返す材料がありません。
私は、張り替えや交換の記録は、どこかに絶対残っていると思っています。工事をすれば、職人への発注も請求も残るからです。
ただし「分からない」と言われることもある
正直に書くと、ガイドラインには反対のことも書かれています。設備ごとに交換の時期はばらばらで、その記録を大家さんや管理会社が完全に把握していることは少ない、と。
だから、聞いても「分からない」と言われるかもしれません。そのときは、「分からない」という答えもメールで残してください。新品だったと示せないのに、新品だった前提で計算するのはおかしい、と言えるからです。ガイドラインも、入居したときの状態をどこから数えるかは、契約のときに当事者で確認して決めるのが望ましいとしています。これから部屋を借りる人は、契約の前に聞いておくのが一番です。
請求書を見たら、聞くこと
ここまでの話を、聞くことにまとめるとこうなります。電話ではなく、メールで聞いて、答えを文字に残してください。
○○マンション○号室の○○です。
原状回復費用のご請求について、内容を確認させてください。
1.クロス張替の○○㎡は、どの部屋のどの面ですか。
2.下地処理(○○円)は、どの面に、どのような理由で必要でしたか。
3.入居時(○年○月)に、クロス・床・設備はどこまで張り替え・交換されていましたか。
4.経過年数と、借主の負担割合はどのように計算されていますか。
お手数ですが、ご回答をお願いいたします。
ガイドラインには、精算の明細書の見本(別表4)が載っていて、箇所ごとに「単価×数量=金額」と、経過年数、負担割合を書く形になっています。明細をこの形で出してもらうのが、本来の姿です。
【正直に書きます】高い=ぼったくり、ではない
最後に、職人の側からも言わせてください。
- 単価は店ごとに違います。うちのように高めの店もあります。単価が高いだけで「ぼったくり」とは言えません
- 最低料金も、職人が現場に行く以上、必要なものです。1面だけの工事が数千円で済むことは、まずありません
- 下地処理も、はがしてみて必要になったものなら、手間としては本物です
- タバコのヤニ、落書き、ペットの傷など、自分の過失の分は払うのが筋です
見るべきなのは、金額の大きさではなく、自分の過失の分を、正しい範囲で、年数を引いて計算しているかです。
よくある質問
Q. 請求書に「原状回復工事一式」としか書いてありません。
A. 何に、いくら払うのか分からない請求は、そのまま払わないでください。「㎡数と単価、経過年数が分かる明細をください」とメールで頼みましょう。ガイドラインの明細書の見本も、箇所ごとに書く形です。
Q. 単価が1,000円以下でした。安いので、そのまま払っていいですか?
A. 単価が安くても、㎡数が多ければ合計は変わりません。何㎡を、どこに張ったのかを確かめてから判断してください。
Q. 業者の見積書そのものを見せてもらえますか?
A. 見せる義務が決まっているわけではないので、断られることもあります。それでも、「何㎡を、いくらで」という内訳を聞くことはできます。内訳が出てこない請求は、それだけで「納得できない」と伝える理由になります。
Q. 下地の補修代まで請求されました。払うべきですか?
A. タバコのヤニやカビを放っておいて下地まで傷んだなら、払うことになる可能性があります。そうでなければ、年数による傷みのことが多いはずです。どの面に、どんな理由で下地処理が必要だったのかを聞いてください。
Q. 聞いても答えてくれません。
A. やり取りをメールで残したうえで、消費生活センター(消費者ホットライン「188」)に相談してください。2020年4月からは民法にも、普通に使ってできた傷みや経年変化は借りた人が直す義務を負わないと書かれています(民法621条)。
まとめ|金額ではなく、中身を見る
- クロスの請求は㎡数×単価。単価だけでなく、㎡数と合計をセットで見る
- 下地処理は、はがしてみないと分からない。でも下地の傷みは、基本は住んでいた人のせいではない(ヤニ・カビが多い部屋は別)
- 借りた人の負担は、原則傷のある1面まで。部屋全体を張り替えたなら、1面分の計算の仕方も聞く
- 見積もりのあとに管理会社の取り分が乗ることもある。手数料の範囲かどうかは、内訳でしか分からない
- 入居のとき、どこまで手を入れていたかを聞く。答えはメールで残す
退去の日の写真と、請求書の照らし合わせには、退去チェックリスト(PDF)も使ってください。
▶️ 何が借りた人の負担になるのか、詳しい線引きはこちら
▶️ 退去の立ち会いと、請求書が届いたときの手順はこちら
参考:国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」平成23年8月(p.12-13 経過年数と入居時の状態/p.14-15 借主の負担対象範囲/p.18 タバコのヤニ・結露を放置したカビ/p.28 別表4 精算明細書の様式例)、民法621条。料金は職人直の店Trust(相模原)の2026年10月時点の料金表より。